大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所 昭和47年(ネ)167号 判決 1973年5月29日

控訴人

日本国有鉄道

右代表者

磯崎叡

右訴訟代理人

鵜沢勝義

外七名

被控訴人ら

境澄夫

外五二名

右訴訟代理人

彦坂敏尚

外三名

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一事実の認定

当事者、青函局(本判決中の略称は、特に記載するもののほか、前引用の原判決事実摘示における略称と同じ。)管内におけるリボン闘争の経過、本件リボン着用の経緯、青函局における本件リボン撤去要求の態様に関する事実についての当裁判所の認定は、原判決二一丁表六行の「(後記措信しない部分を除く。)」を削り、同二二丁裏三行から同二三丁表一行までを削るほかは、原判決一九丁表二行から同二三丁表一一行までの原判決の認定と同一であるから、これを引用する。

二本件訓告処分無効確認訴訟の適否

当裁判所も、原判決別紙第二原告目録(一)記載の被控訴人らのうち、被控訴人境澄夫、同伊藤寿雄、同惣蔵春治、同沢田進、同大高博康及び同荒井脩士を除くその余の二四名の被控訴人らの本件訓告処分の無効確認の訴えは適法であると判断するものであつて、その理由は、原判決二三丁裏二行の「利益」を「適否」に、同裏五行の「利益」を「資格」に同裏、八行の「利益の有無」を「適否」に、同二四丁表四行の「訴えの利益を否定する」を「訴えが不適法であると解す」に、同表五行の「すなわち、」から同表七行の「そのためには」までを「すなわち、過去の法律事実ないし法律関係の効力、存否の確認を求める訴えが原則として許されないのは、これらから派生する現在の法律関係の存否を確認することのほうが紛争の解決のため直截であるため、訴えの利益がないのが通常であることによるのであるから、その効力、存否を確認することが現在の紛争解決のためにもつとも有効適切と認められる場合には、例外的に過去の法律事実ないし法律関係の効力、存否の確認を求める訴えも確認の利益があるものとして適法と解すべきであり、したがつて、本件無効確認の訴えの適否を判断するためには、まず、」に改め、同二七丁表一〇行の「原因として」の下に「、現に存しまた」を加えるほかは、原判決二三丁裏二行から同二八丁裏五行までの原判決の判断と同一であるから、これを引用する。

三本件リボン着用行為の適否

1  職務専念義務違反について

日本国有鉄道法第三二条第二項は、「職員は、全力をあげて職務の遂行に専念しなければならない。」と規定する。その趣旨は、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の員職は、勤務中は、法令等による特別の定めがある場合を除き、その精神的、肉体的活動力の全てを職務の遂行にのみ集中しなければならず、その職務以外のために、精神的、肉体的活動力を用いることを許さないとするものである。そして、これが法律に特に明記されているのは、右の趣旨の職務専念義務が、国鉄職員としての基本的な義務であり、国鉄職員が右義務を適正に果すことによつて、はじめて、国鉄の目的である鉄道事業等の能率的な経営による公共の福祉の増進(日本国有鉄道法第一条参照)が可能となるからである。

国鉄職員が勤務時間中に職務の遂行に関係のない行為または活動をするときは、通常はこれによつて当然に職務に対する注意力がそがれるから、かかる行為または活動をすることは、原則として職務専念義務に違反するものであり、ただ、その行為または活動が職務専念義務に違反しない特別の事情がある場合、すなわち、その行為または活動が職員の職務に対する精神的、肉体的活動力の集中をなんら妨げるものでないと認められる特別の事情がある場合に限り、その行為または活動は違法の評価を免れることができる。そして、かかる特別の事情の存否は、その行為または活動の性質、態様等を総合して判断すべきものであるが、特別の事情があるとするためには、その行為または活動が職員の職務に対する精神的、肉体的活動力の集中を妨げないことが確定される必要があり、その行為または活動が職員の右活動力の集中を妨げるおそれが存するときは、特別の事情があるということはできない。このように、職員の行為または活動が職務専念義務に違反するかどうかは、それが職務の遂行と関係があるかどうか、その行為または活動が職務に対する精神的、肉体的活動力の集中を妨げないものであるかどうかによつて決せられるものであり、その行為または活動によつて、具体的に業務が阻害される結果が生じたか否かは、右の判断とは直接関係がないものというべきである。

そこで、右の見地から、被控訴人らの本件リボンの着用が職務専念義務に反するものであるかどうかを検討する。

引用にかかる原判決認定の事実(以下「認定事実」という。)によれば、本件リボンの着用は、昭和四五年春闘において、国労の要求である一万六、〇〇〇円の賃上げと一六万五、〇〇〇人の要員削減反対の実現を目指して、青函地本の指令に基づき、国労組合員である被控訴人らが行なつたものであるが、<証拠>によれば、被控訴人ら組合員は、本件リボンを着用することにより、国労の要求を明らかにし、これを支持する意思をあらためて自己確認するとともに、組合員の団結を固め、使用者に対する示威と国民一般に対する教宣活動とすることを目的としたものであることが認められる。右事実によれば、本件リボンの着用は、組合活動としてなされたものであり、被控訴人らの職務の遂行とまつたく無関係であることは明白であるから、本件リボンの着用によつて、職務に対する精神的、肉体的活動力の集中がなんら妨げられなかつたと認められない限り、被控訴人らが本件リボンを勤務時間中に着用したことは、職務専念義務に違反するものといわねばならない。

被控訴人らは、本件リボンの着用は労働義務の履行ないし円満な労務提供の義務の履行に実質的、具体的な支障がなく、そのおそれもないと主張する。本件リボンの着用行為は、有形的な行為としては、これを制服等につけることによつて、その一切を終了するものであり、物理的には被控訴人らの活動力の職務への集中を妨げるものではない。しかし、前記のとおり、被控訴人らは、本件リボンを着用することにより、勤務に従事しながら、青函地本の指令に従い、国労の組合員として意思表示をし、相互の団結と使用者に対する示威、国民に対する教宣活動をしていたものであり、したがつて、<証拠>によつて認められるとおり、勤務の間中、組合員相互に本件リボンの着用を確認し合い、これを着用していない組合員には着用を指導していたものであつて、本件リボンの着用が精神的に被控訴人らの活動力の職務への集中を妨げるものでなかつたとは到底認めることはできない。かえつて前記のような本件リボン着用の経緯、態様よりすれば、被控訴人らは、本件リボンを着用することにより、組合活動を実行していることを意識しながら、その職務に従事していたものというべきであり、その精神的活動力のすべてを職務の遂行にのみ集中していたものでなかつたことは明らかである。

よつて、被控訴人らが勤務時間中本件リボンを着用したことは、職務専念義務に違反するものである。

2  服装違反について

国鉄職員の服装については、鉄道営業法第二二条は「旅客及公衆ニ対スル職務ヲ行フ鉄道係員ハ一定ノ制服ヲ著スヘシ」と規定し、この規定の趣旨を受けて、安全の確保に関する規程第一四条、職員服務規程第九条、営業関係職員の職制及び服務の基準第一四条、服制及び被服類取扱基準規程第三条、第九条等の定めがなされ、被控訴人らのような現業に従事する職員に対し、制服(作業服を含む。以下同じ。)を着用し、服装を整えて勤務することが命ぜられていることは、当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、控訴人の服制及び被服類取扱基準規程では、現場職員の制服等の制式と着装方を定め、これを職員に貸与するものとし(第三条)、かつ、「被服類には、腕章、キ章及び服飾類であつて、この規程に定めるもの及び別に定めるもの以外のものを着用してはならない」(第九条第三項)と規定して、本件リボンのようなものの着用を禁じている。

国鉄職員は、「その職務を遂行するについて、誠実に法令及び日本国有鉄道の定める業務上の規程に従わなければならない」(日本国有鉄道法第三二条第一項)のであり、被控訴人らの本件リボンの着用は、前記法律及び規程、なかんずく服制及び被服類取扱基準規程第九条第三項に反することが明白であるから、違法なものといわねばならない。

被控訴人らは、使用者が労働者の服装について規制することができるのは、業務の遂行上その規制をすべき合理的な理由がある場合に限られるところ、本件リボンについては、その着用を禁止しなければならない合理的な理由はないと主張する。しかし、前記のとおり、国鉄職員のうち旅客及び公衆に対する職務を行なう者については、鉄道営業法第二二条によつて制服の着用が義務づけられており、また、直接右法条に該当しない者であつても、現業に従事する者について、公共の福祉の増進を目的とする国鉄の職員としての公正中立と品位を保持し、旅客公衆に対し国鉄職員であることの識別を可能ならしめ、かつ不快感を与えることを防止し、その職務が旅客公衆の身体、財産の安全にかかわるものとして、特に強く要請される職場規律の保持を確保するために、制服を着用すべきものとすることが必要であるから、控訴人の前記の諸規程において、被控訴人ら現業に従事する職員に対し制限を着用し、服装を整えて勤務することが命ぜられていることは、十分合理的な根拠を有するものであり、そして、右制服に、定められた服飾類以外の物を着用することを禁止することも、制服の性質、趣旨よりすれば、これを不合理な規制ということはできない。しかも、これを実質的に考察しても、旅客公衆は、国鉄職員であることとその職員の職務の内容を職員の制服と制服に着用された腕章、徽章等によつて識別するのであるから、国鉄職員が着用するリボン、プレート等はその職務に関するものと考えることは当然であり、したがつて、国鉄職員が制服の上に職務と無関係のリボン、プレート、腕章等の記号を着用するときは、いたずらに誤解、混乱を招くおそれがあるから、これを禁止することについては十分の根拠があるものである。また、本件リボンは、前記のとおり組合活動として着用されたもので、その内容は組合の要求を記載したものであるところ、<証拠>から窺われるとおり、被控訴人ら国鉄職員がこれを着用して勤務していることに対し旅客公衆の中には不快感を抱く者があることは十分予想される。被控訴人らは、そのような不快感は反組合的感情で保護するに値しないと主張するが、しかし、その不快感が、本件リボンの内容である国労の要求内容に対する不満にあるのではなく、被控訴人らが職務に従事しながら本件リボンを着用して組合活動をしているその勤務の仕方に対する不信、不安によるものであるときは、国鉄が公共の福祉の増進を目的とする公法人で、その資本は全額政府が出資していることを考えると、右の趣旨の旅客公衆の不快感は十分理由があるものであつて、これを単なる反組合的感情にすぎないものということはできない。さらに、本件リボンと職場の規律、秩序の関係についても、本件リボンが前記のとおり国労の要求を記載したもので、これを着用することによつて国労の団結をはかるものであるところ、国鉄内には、国労のほか、これと対立関係にある鉄道労働組合(以下「鉄労」という。)があることは顕著な事実であり、本件リボンの着用が鉄労組合員その他組合未加入者に心理的な動揺を与え、また<証拠>によれば、国労の組合員の中にも指令に反し本件リボンを着用しなかつた者が相当数あつたことが認められるが、これらの者にも精神的な重圧となつたことも十分考えられ、勤務時間中の本件リボンの着用は、その勤務の場において、不要に職場の規律、秩序を乱すおそれのあるものというべきである。以上の次第で、本件リボンの着用を禁止すべき合理的な理由がないとの被控訴人らの主張は採用できない。

よつて、本件リボンの着用は、控訴人の服装に関する定めに違反するものであり、法律及び控訴人の規程の遵守を求める法律に反する違法のものである。

3  職場内慣行について

被控訴人らは、本件のようなリボンの着用は、職場内慣行として許容されていたと主張する。

国労が昭和三二年ころから種々のいわゆるリボン闘争を実施し、青函局管内でも、昭和四〇年三月の鉄道病院要員闘争から昭和四四年一一月の新幹線反合年末闘争まで、被控訴人ら主張の一九回の各種闘争において、青函地方所属の組合員がリボン闘争を実施したことは、概ね当事者間に争いがないが、認定事実のとおり、青函局では、リボン闘争に対し、これが服装の定めに反する違法のものであるとして、そのことの周知徹底をはかるとともに、青函地本の本部にリボン闘争の中止を申し入れ、リボン闘争が違法であることを繰り返し注意していたのであるから、控訴人がリボン闘争を容認したことはなく、本件のようなリボンの着用が職場内慣行となつていたと認める余地はない。

よつて、この点の被控訴人らの主張は失当である。

4  むすび

以上詳述したとおり、被控訴人らの本件リボンの着用は、職務専念義務に違反し、服装に関する定めにも違反する、違法のものである。

被控訴人らは、本件リボンの着用は、団結権、団体行動権の行使としてなされた正当な組合活動であると主張する。本件リボンの着用が組合活動として行なわれたことは前記のとおりであるが、これが被控訴人らの基本的義務である職務専念義務に違反するものであり、かつ控訴人の服装に関する定めにも違反するものであつて、しかも、認定事実のとおり、被控訴人らは、一ケ月以上もの長期間、職務の時間の間中本件リボンの着用を継続していたものであるから、本件リボンの着用は、被控訴人らの団結権、団体行動権の行使として許容される限度を超えるものといわねばならず、被控訴人らの主張は採用できない。

四本件訓告処分の適否

認定事実によれば、控訴人の訓告は、控訴人と国労との間に締結された懲戒の基準に関する協約の第一条に列挙された行為に該当する事由があつた場合で、その行為が日本国有鉄道法第三一条に定める懲戒を行なう程度にいたらないときになされるものであるところ、被控訴人らは、いずれも職務専念義務及び服装の定めに違反して本件リボンを着用し、かつ上司の再三の取りはずしの命令にも従わず本件リボンの着用を継続したものであるから、被控訴人らの右行為は、<証拠>によつて認められる前記懲戒の基準に関する協約第一条第一号の「日本国有鉄道に関する法規又は令達に違反した場合」及び第三号の「上司の命令に服従しない場合」に該当することは明白であり、被控訴人らの訓告処分は、いずれも適法である。

被控訴人らは、本件訓告処分は、労働組合法第七条第一号に違反し無効であると主張するが、被控訴人らの本件リボンの着用が正当な組合活動に当らないことは前記のとおりであるから、これが正当な組合活動であることを前提とする被控訴人らの主張は、採用することができない。

五結論

以上の検討によれば、控訴人の被控訴人らに対する本件各訓告処分は、いずれも適法、有効であり、したがつて、本件訓告処分が違法、無効であることを前提とする被控訴人らの損害賠償請求は、その余の点の判断をするまでもなく失当である。

よつて、原判決中原判決別紙第二原告目録(一)記載の被控訴人らのうち、被控訴人境澄夫、同伊藤寿雄、同惣蔵春治、同沢田進、同大高博康及び同荒井脩士を除くその余の被控訴人らの訓告処分の無効確認を認容した部分並びに被控訴人らの損害賠償請求を一部認容した部分(原判決中控訴人敗訴部分)は、いずれも失当であるからこれを取り消し、被控訴人らの右の請求をいずれも棄却し、訴訟費用について民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(朝田孝 秋吉稔弘 町田顕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例